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 イジメられっ子のホントの心 - 2006/12/02(Sat)

今週も沢山のメッセージをいただいた。本当にありがとうございます。

さて、僕は子供の頃、イジメられっ子でした。
身体が大きかったので、殴る蹴るはなかったのですが、無視されたり、気持ち悪
いと言われたり、僕が近くを通ると息を止められたり、僕が学校の廊下を歩くと、
僕の歩いたコース(足跡)を避けるように歩かれたりしました。だから大人になる
まで、僕はずっと自分は気持ちの悪い存在なのだと思って育ちました。
そんな風にされれるとどうなるか?と言うと、イジメをする人達を街で見かける
と、急いで物陰に隠れ、その人が居なくなるまで物陰から出ていけなくなったも
のでした。何十分でも、何時間でも、その人がいなくなるまで・・・。
なので、今では誰も信じてくれませんが、引っ込みじあんで、気心の知れた人に
しか話す事もできない子供でした。
なぜ、こんな話を書いているかと言うと、昨夜、ある男性とイジメの話になった
からです。その男性にはお子さんがいて、お子さんの通う学校で最近イジメが起
きたのだ言うのです。PTAの役員でもあるその男性は、学校といろいろ話し合っ
ているうちに、学校や先生に対して不信感を募らせたと言うのです。
僕は、その男性と話しているうちに、少し違和感を覚えました。
学校で先生と親ごさんが話す・・・。それ自体は良い事だと思います。しかし、
親は先生に、先生は親に、不信感を抱き、言葉の応酬をしている・・・。はて???
子供達の存在は何処にいったのでしょう?????
今必要なのは、誰かの責任を追及することでも、不信感を持つことではないはず
です。

では、今やるべきこと・・・。大人がやるべきこととは何か?
それはイジメで苦しむ子供達の存在に気づいてやることではないでしょうか?
僕は今独身で子供もいませんから、どちらかと言うとイジメられている子供の立
場や気持ちが理解できる気がします。親でも先生でもなく、元イジメを受けた人
間として。
僕から言わせてもらえば、今も僕が子供の頃も、イジメの質はまったく変わりま
せん。よく、「最近のイジメは陰湿化している」などと言う人がいますが、今も
昔もイジメとは陰湿で残酷なものなのです。
そしてこう言う人もいます。
「イジメを受けたら、親や先生、お友達に相談しましょう。」
イジメを受けて、誰かに相談できるようなら、その子はとっくにイジメから卒業
できています。
では、なぜイジメを受けても誰にも相談できないのか?
それは、僕達は大人になったから、世界が自分の今いる地域だけはないと、実感
を持って知ることができています。しかし、子供達には、今いる家庭、学校、街、
地域しか世界は存在しないのです。自分の力では、その狭くて小さな世界から抜
け出すことは不可能です。
つまり、子供達にとっては、家庭や学校は世界の全てなのです。
その世界の全てから、自分が無視され、爪弾きにされ、悪口を言われ、イジメら
れたらどうでしょう?誰かにイジメを相談すると言うことは、自分が世界の全て
から無視され、爪弾きにされ、悪口を言われていることを認めることになってし
まうのです。はたして、大人のアナタがその立場ならどうですか?そんな哀しい
自分の境遇を認めて誰かに話せますか?親?イジメを受けるのは、大抵心の優しい
子です。親に心配かけることを話せますか?親にその事実を伝えるのは、本当に
苦しいことなのです。先生?話せるでしょう?友達?先生や友達に言った時点で、
イジメられている子は、学校内で居場所が無くなります。とても言えません。
イジメにあっている間、心を閉ざし、最後の小さなプライドで涙をこらえ、相手
に辛さを悟られないように、薄笑いさえ浮かべてイジメに絶えているのが、子供
達の姿なのです。
今、イジメル側の子供を出席停止などにしようと言う動きがあります。これは最
悪です。イジメられている子供達は、報復を恐れて暮らすことになるでしよう。
それより、僕達大人は、イジメを受けている子供に気づき、その子に「ここが世
界の全てではないよ。もっと君にあった世界も必ずある。」と伝えてあげること
が重要ではないでしょうか?それは難しいことではありません。子供達に役割を
与え、その役割を真面目にやったら誉めてあげれば良いのです。(なにもしない
のに誉めても意味はありません。)つまり人間とは、裸でそこに存在しても人間
とは呼べない存在なのだと思います。自分の居場所があって、着る物があって、
仲間や家族がいて・・・。そう言う物がすべて揃ってアイデンティティーを持っ
て生きているのだと思います。
イジメられている子を見つけ出せないのは、僕達大人が心を開いていないからで
はないだろうか?
元・イジメられっ子佐藤は、そう思うのでした。

来週もHAPPY TUNEでヨロシク!!


 はーど・でいず - 2006/12/09(Sat)

今日もメッセージありがとうございました。
そしてね聴いてくださってありがとうございました。
楽しい放送の時間は、毎週3時間と、とっても短い。

昨日は、秋山郷に、早見アナ高野アナの運転手として、今年最後の取材に行って
きました。以外と十日町市内より、秋山郷のほうが雪が少ないのに驚きました。
しかし、秋山郷の人達は皆優しい。新潟側も、長野側も、皆さん本当に優しい方
ばかりに出会いました。見ず知らずの私達に温泉に入っていきまさい。と言って
くださったり(お言葉に甘えて入らせていただきました。屋敷温泉の秀清館のお
湯は最高でした。)、以前、佐々木アナと行った先では、お昼をご馳走になった
上に、佐藤、佐々木には永久無料露天風呂の権利をくださったり。(これはマジ
な話で、あるご家庭にある露天風呂に「いつでも入りに来てくれ、君らなら無料
でいい。」と言ってくだったり。)と、素敵な出会いがありました。
秋山郷の皆さん、本当にありがとうございました。

さて、佐藤は土曜日の「スタンド・バイ・ユー」の放送以外は、何をしているの
と言うと、お休みなんです・・・。ウソです。
普段はスーツを着てエフエムとおかまちの営業マンをしています。つまり本業は
エフエムとおかまちの営業マンなんですね。営業マンが週末だけラジオのDJをし
いると言ったほうが正確かもしません。とは言え、ラジオでしゃべる以上は、プ
ロのアナウンサーとして放送に臨んでおります。ハイ。
さて、そんな営業マン佐藤にとって、今週は開局以来の大ピンチが訪れた1週間
でした。いゃぁ〜ほんとうにハードな1週間でした。山あり谷ありなんてもんじ
ゃない。エベレストから日本海溝までのジェットコースターに乗ったような1週
間だったのです。それでもなんとかスタッフの協力で乗り切る事ができました。
いやいやウチのスタッフの結束の強さは本物だと確信しました。スタッフには感
謝、感謝です。
で、昨夜は会社の忘年会をやりました。スタッフ、役員は勿論。エフエム長岡の
脇屋局長、エフエム雪国の山本局長をお迎えして、十日町の松喜屋さんで盛大に
行いました。ハードな一週間の締めくくりの夜。しかも苦難を乗り越えた宴席だ
ったので、大変美味しいビールとお料理をいただきました。

さてさて、そんな1週間ですが・・・。哀しいニュースもありました。
十日町市市街地にも熊が出没し、子熊が射殺されました。全国的に熊の被害があ
り、全国で熊が射殺されているのは、心が痛みます。熊も生きるために里に下り
てくる。生きるための行動が、時として人に迷惑をかけてしまう。難しい問題で
す。今日の番組にも、「熊を殺さないで」と言う内容のメールが沢山寄せられま
した。僕個人としてもそう願っています。できるなら、熊も人に危害を加えず山
に帰ってほしいと・・・。人間と獣が共存できる世界・・・。ほんの140年くら
い前の日本は、そんな暮らしをしていたはずなのに・・・。特に今週は、秋山郷
で自然とともに暮らす人々と出会いそう感じました。

来週もHAPPY TUNEでヨロシク!!



 人生に無駄はない - 2006/12/16(Sat)

 放送中に沢山のリスナーの皆さんからメッセージをいただく。これが本当に我々パーソナリティーの元気になっている。いつもメッセージをくださる人。時々メッセージをくださる人。そして聴いてはいるけれどまだメッセージを出した事のない人。そして、たまたま今日初めてスタンド・バイ・ユーを聴いてくださった人・・・。リスナーと一括りで僕達は言ってしまうけれど、様々なリスナーさんがいる。
 嬉しい事があった人も、哀しい事があった人も、一時人生のいろいろな事を忘れて楽しんでもらえる番組を放送できたら・・・。そう思ってマイクの前で喋っている。
 最近は、メッセージをくださるリスナーさんも増え、常連の方も多いが、まだメッセージを送った事のない人も、どうか気後れせず、遠慮なくメッセージを送ってほしい。その為にスタンド・バイ・ユーだけは、メッセージテーマを設けず、フリーテーマにしてあるのですから。
 さて、今日は「人生に無駄はない」と言う話ししたいと思っています。正直、僕の40年間の人生はまわり道、道草のし放題。他人から見たら「まぁ、なんと佐藤広樹の人生は無駄だらけか・・・。」と言われてしまうような人生なのです。しかし、今、ラジオのパーソナリティと言う仕事や、舞台の戯曲(台本)を書いたりする時に、この一見無駄と思える経験が役立っているのです。
 今から22年前高校を卒業し、映画の世界に憧れていた僕は、とにかく都会に出たかったのです。当時、映画監督になりたかった僕にとって、この街で夢にチャレンジする事は不可能な事でした。そこで、東京のスーパーに就職しました。3年勤めて貯金と退職金で映画の学校に行くつもりだったのです。しかし、1年で我慢ができなくなり、映画界へのキッカケ欲しさにプロの劇団に入る事にして、プロの舞台役者となりました。数年間役者とアルバイトを続け、27歳の時に挫折・・・。夢敗れ帰郷します。その後、大島村の電気機器関係の工場に約5年間勤めましたが、東京本社の常務が僕を気に入ってくださり、東京本社への転勤が決りましたが、夢敗れた東京に戻る事が嫌で退社。(社長、常務命令を断ってしまったので、辞める事にしました。)その後、老人介護施設で介護員を3年した頃、上越市にチャレンジショップ制度(資金はないが、アイディアとやる気がある若者に、低予算で独立開業、起業をさせる制度)ができ、30代半ばの僕は、独立開業の最初で最後のチャンスと思い、チャレンジしました。おかげで、新井市(今の妙高市)で自分も店を持つ事ができましたが、売上不振から3年で閉店となりました。ここまで読んでおわかりの通り、僕の人生はチャレンジと挫折の連続です。きっとこれを読んだ人は、「佐藤は馬鹿な男だなぁ」と思うでしょう。確かに馬鹿かもしません。
 しかし、人生失敗が全部悪いものだとも限りません。だから人生は面白いのだけど。
 ラジオのパーソナリティと言う仕事は、何よりその人間が何を経験し、何を感じたかを、マイクを通して聴いてくださっている人に語りかける職業です。僕は喋りもまだまだ上手くない40歳の新人アナウンサーですが、それでもなんとか番組を3時間放送できるのは、この一見無駄とも思えるまわり道があるからです。舞台の台本を書く時もこの経験が活かされます。特に、舞台の台本書きなどの時は、子供の頃にイジメを受けた体験なども大いに役立っています。このイジメられた経験があるから、観る人の心の奥に突き刺さる作品を書くことができるのだ思っています。
 今、人生に迷っている大人達、そしてイジメに苦しむ子供達。今の経験はきっと無駄でも、まわり道でもない富思います。必ず人生の肥やしとなる日が来ます。信じてください。
 大丈夫です。「プラスもエネルギーなら、マイナスもエネルギー」同じエネルギーならば、使い方次第で人生は動き出します。今は充電の時間なのです。

来週もHAPPY TUNEでヨロシク!!


 子供達へ - 2006/12/23(Sat)

今日は天皇誕生日であり、クリスマス・イヴ・イヴ。
放送が終わって取材に出て、ジャスコに寄ろうと思ったけど、駐車場が満杯であきらめた。車で駐車場をグルグルしていたら、佐々木アナの車も、駐車場の渋滞で出られなくなっていた。丁度車が佐々木アナの車の横についたので、雨の降る中窓を開けて手を振ってみたが、佐々木アナまったく気付かず・・・(--;)さっさぶうぅぅぅぅぅ。

さて、明日はサンタクロースの来るクリスマス・イヴのなで、子供達にメッセージを送ろうと思う。
このところ子供達が犠牲者になる悲惨なニュースが毎日報道されている。その反面、子供達が悲惨な事件を起こす・・・つまり加害者になるケースも多い。愛知県岡崎市のホームレス女性強盗殺人事件も主犯は28歳の男性だったが、中学生が起こした事件だった。亡くなられた女性のご冥福を祈りたい・・・。
今の子供達(本当は大人達も)に伝えたい事は二つあります。
一つは「命を大切にしてください。」そしてもう一つは「世の中にはやったら絶対に許されない事がある。」と言う事。
一つ目の「命を大切にしてください。」とは、自分の命も、他人の命も同じ命。大切にしてほしい。僕達は人間で神様ではない。人間に自分や他人の命の期限を決める権利はないと思うのです。つまり、自分も他人も、命を全うして生きることが大切なのだと、私は思います。命に自分も他人もない。どちらも大切な命なのだから、大切にしてほしいのです。
二つ目の「世の中には絶対に許されない事がある。」とは、例えば殺人です。ホームレスの人達を襲って金品どころか命まで奪ってしまう。これは絶対に許されない行為でしょう。子供も大人も謝りさえすれば、何事も許してもらえる。と思っている人が多い気がします。もちろん、反省し、謝ることは必要です。でも世の中は、謝ったからと言って許されることばりじゃないのです。許されない事もあるのです。どんなに償っても、償いきれないことがあるのです。日々、奪われていく命には、その人の人生があります。その人の人生には、その人が愛した人々の人生があります。その人が愛した人々の人生の分だけ、哀しみがあります。どんなに償っても、奪われた命と人生は戻らないし、哀しみは増すばかりなのです。
子供達よ、知ってください。命の大切さを・・・。

ちょっと説教くさくなりましたが、クリスマス・イヴ・イヴに大人からのメッセージです。
そして、MERRY CHRISTMAS

世界中の子供達が、平和で愛に包まれたCHRISTMASを過せますように・・・。


来週もHAPPY TUNEでヨロシク!!

〜追伸〜
来週30日土曜日と、年明け6日の土曜日は、通常通りスタンド・バイ・ユーは放送します。


 イブは東京にて - 2006/12/24(Sun)

メリー・クリスマス。今日はクリスマス・イブでした。
忙しい日々の中、今日が今年最後の休日となりました。
朝目覚めて思い付き、東京に遊びに行くことにしたのです。
東京には、もう18年間の付き合いになる親友がいる。
親友と言っても女性なのです。
その親友Gは、この数年間ほど鬱病となり、この1年間は休職して治療をしていた。
そのGから一昨日電話があり、だいぶ回復したとの事。
声の調子も大分以前のようになり、たまには会いに行こうと思ったのでした。
そして、新幹線に乗り顔を見に行ったのです。
11時に東京駅に着き、Gの案内で、木場にあるコミュニティFM局・レインボータウンFMさんを見学しに行ってみました。
お洒落なカフェの隣に、お洒落な感じのガラス張りのスタジオ。
Gと二人スタジオの中を覗いていると、スタッフさんが声をかけてくださった。中に入れてもらい見学をさせてもらった。
レインボータウンFMさんは、朝の7時〜夜10時まで生放送をしていると聞き、びっくりしたのでした。
話していると、番組に出てみないか?
と言われてしまったのです(・_・)エッ..?
お断りしたのだが、流れで出る事になり、
十日町のアピールをしようと思い、出演させていただいた。
江東区に俺の声が流れてしまった(^_^;)
パーソナリティの小川花子さんとディレクターさん、ありがとうございました。
ちなみに番組名は「Flower cafe」でした。
その後、Gは銀座に行くと言うので、笹塚に行く俺はGと丸ノ内線に乗った。
そこでなんと妹とバッタリ!
広い東京で偶然に妹と会うとは、こんな事もあるのですね。
で、昔からの知り合いのGと妹は、偶然同じ銀座に向かうと言うので一緒に銀座に行き。
俺は笹塚で古着屋をやりながら役者をやっている、
昔の劇団仲間の渡部の店に行き、ハンチング帽を買ったのでした。
久しぶりの東京を満喫したクリスマス・イブでした。

来週もHappy Tuneでヨロシク!


 本当にあった素敵な話し - 2006/12/30(Sat)

ついに今年最後のスタンド・バイ・ユーの放送となりました。
スタンド・バイ・ユー第1回目の放送は、開局1週間後の今年2月11日。
それから数えて47回目の放送でした。
今日は、冬休みだったり、年末年始のお休みだったりと言う事で、
沢山のメッセージをいただけた。本当にありがたい。
リスナーの皆さんに感謝の1年でした。
新年は、1月6日からスタンド・バイ・ユーは放送となります。
新年もスタンド・バイ・ユーをお願いしますm(_ _)m

さて、ここからは、東北に住む僕の友人Hが先日体験した、本当にあった話しです。


東北地方のある山村に住むHは、普段会社の通勤には車を使っていた。
会社までの通勤時間は、山を二つ越えて車で30分ほど。
しかし、その朝はバスと電車を乗り継いで、1時間ほどかけての通勤となっていた。
その理由は・・・。
前夜の取引先との懇親会(忘年会)。
以前から飲酒をしたら運転を控え、タクシーか代行運転を頼んでいたHだが、前夜の飲み会は、かなり離れた街での飲み会だったので、
会社の駐車場に車を置いて、電車で飲み会会場の街に向かったのだ。
宴会も終わる頃・・・外は吹雪・・・。
電車に乗り、最寄り駅に着く頃には、長靴が埋まるほどの雪が積もっていた。
「こりゃ、明日までに相当積もるなぁ・・・。バスも電車も遅れるかもしれないなぁ・・・。」
Hは心の中でつぶやいた・・・。

夜が明けると雪は止んでいたが、家の周りや車庫の辺りは除雪が必要なほどだった。
除雪を終え、朝食を食べ、Hは会社に出勤する為バス停に向かった。
バス停に着くと、近所に住む知的障害を持つ青年がバスを待っていた。
青年は、Hが勤める会社のある隣町の工場に勤めていた。
毎日毎日バスと電車を乗り継いで隣町の工場へ通っているのだった。
青年は明るく、仕事ぶりも真面目だと言う噂は、Hも聞いていた。
「オハヨーゴザイマス!!」
青年は元気にHに話しかけてきた。
「おはようございます。雪沢山降ったね。」
Hは笑顔で応えた。
それからしばらく青年は、笑顔でHと世間話をしていた。
しかし・・・。
予定の時刻を過ぎてもバスは来ない・・・。
青年は心配そうな顔で時計を気にし始めた。
Hも時間が気になっていた。
7時45分のバスは、8時3分頃駅に着く予定で、電車の発車時刻は8時7分。それを逃すと、次の電車は8時55分まで来ない。9時までに会社へ着かないと、Hも青年も遅刻になってしまう。
1分が過ぎ・・・2分が過ぎ・・・5分が過ぎ・・・結局7分遅れでバスがやって来た。
青年は急いでバスに乗り込むと、オハヨウと運転手さんに挨拶をして、運転手の後ろの席に座った。
どうやらその席が、青年が毎日座る席らしい。
運転手さんも笑顔でオハヨウ!と言ったところを見ると、
青年は運転手さんとも毎朝このバス停で、顔を会わせているようだと想像がついた。
Hは青年の後ろの席に座った。
バスの先客は、70代と見えるお婆さんが一人。
たぶん駅近くの病院へでも行くのだろう。
すると、運転手さんが青年に話しかけた。
「遅れてわるい。電車に間に合わないかもしれないなぁ。」
青年は困ったようにうつむいた。
「電車何時出発だ?」
運転手さんが、青年の方を向いて聞いた。
「・・・8時7分・・・。」
「そっか・・・ハァ・・・」
運転手さんは、少しうつむいたように見えた。・・・顔を上げると。
「まかせとけ!」
とシッカリしたした視線で青年に言った。
そして、ハンドルを握り、アクセルを踏み込んだ。
バスは雪道を勢い良く走り出した。
次のバス停が近付くと、少しスピードを緩め、乗客が居ないのを走りながら確認し、止まる事なく次々とバス停を通過して行った。
乗客は、Hと青年とお婆さんの3人。降りる客もいないので、バスは走り続けた。
これも山村地域の良いところで、雪で道幅が狭くなって車が擦れ違えないような場所では、対向車が止まってくれた。
駅まで2箇所信号機も青!!
バスはノンストップのまま、走り続けた。
しかし・・・。
バスは駅に行く前に、国道沿いの病院で止まらなければならない。
時間はもう8時4分を過ぎていた。
「あのぉ・・・。」
お婆さんが運転手さんに話しかけた。
「あのぉ・・・オラ、病院で降りるけど、病院は後でいいから、駅に先に行ってあげてください。」
「ハイ!!」
運転手さんは、元気の良い返事をして、病院前のバス停に誰もいないのを確認すると、アクセルを踏んだ。
青年はお婆さんに「アリガトウ」と言った。
お婆さんはシワシワの顔をもっとシワシワにして笑顔で青年に応えていた。
時計が8時6分になる頃、バスは駅の辿り着いた。
青年は「アリガトウ、アリガトウ」と運転手さんとお婆さんに交互にお礼を言い、バスを降りて駅に消えた。
Hも運転手さんとお婆さんに「ありがとうございました。」とお礼を言って駅に入った。
はどなくして電車がホーム入り、Hと青年は、8時7分の電車に乗る事が出来たのだった・・・。


最近生活の中で「粋(イキ)」と感じる事が少なくなった。
少しスピードを出したり、バス停で止まらなかったりと、厳密に言えば運転手さんのした事は、誉められる事ではないのかもしれない。
しかし、結果はどうだろう?バスに乗っていた4人は清々しい気持ちになったのではないだろうか?
この日記を読んだアナタはどうですか?
「危険な運転をした運転手は悪い」と思っただろうか?
少なくとも僕は「粋な運転手さんだなぁ」「粋なお婆さんだなぁ」思えたし、そんな場面に遭遇できたHを羨ましく思った。
日本人が昔から大切にしてきた「粋」と言う精神。
もっともっと拡がれば・・・この運手手さんやお婆さんのような人たちが増えれば、この国はもっともっと素敵な国になれるのではないかなぁ。と思った佐藤でした。


来年もHAPPY TUNEでヨロシク!!

※来年のスタンド・バイ・ユーの放送は1月6日土曜日午前9時から正午まで放送します。聴いてくださいね。



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