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 『節分』 - 2010/02/03(Wed)

高野アナウサーが、
2月1日から職場復帰しました。
出産と言う大仕事を終え、
一回り逞しくなったようです。
高野アナウサーが久しぶりに復帰し、
高野アナウサーの明るさを再確認した佐藤です。

やっぱり高野さんの明るさは本物ですね。
高野さんがいると、
事務所の明るさが違います。
高野さんの番組復帰は、
もう少し先です。
高野ファンの皆さん、
ちょっとお待ちくださいm(_ _)m

さて、今日は節分です。
我が家では、
豆まきの代わりに、
恵方巻を食べました。
セブンイレブンさんで買った恵方巻は、
なかなか美味しかったです。
恵方巻は以前から予約してあったので、
夕方セブンイレブンさんに買いに行ったのですが、
レジで支払いをしていると、
知り合いの店員さんが、

『福が来ますように。』

と言ってくれました。
なかなか気のきいた接客でした。
なんだかその一言で、
福が来そうな気がしました。

福は家!鬼は外!

どんな福でも。
福が来れば良いなぁ。

では…。


 『開局4周年』 - 2010/02/04(Thu)

本日2月4日で、
エフエムとおかまちは、
開局4周年を迎えました。

これも偏に、
リスナーの皆様の支えであり。
スポンサーの皆様や、
株主の皆様のおかげです。
本当にありがとうございます。

今年の開局日は特別なことをしませんでした。
それは、中継局の開局イベントや雪まつりに全力を注ぎ。
それに加え今年は、
まだ発表できませんが、
様々なことにチャレンジしていくために、
様々な企画をしているからです。
今年の特に前半は、
エフエムとおかまちは、
絶対に皆さんを楽しませます!!

そうそう、1年前の今日は、
僕は十日町市縦断・わらしべ長者企画で、
国道117号を、
清津大橋から、下条中学校までいき、
その後スタジオまで27キロを歩いていました。
とても楽しい思い出です。
あれから1年は早いなぁ。

それにもまして、
開局からもう4年・・・。
感慨深いものがあります。
4年前の今日は朝からクロス10大ホールからの、
開局放送の準備で追われていました。
開局の1週間前から、
開局の朝までの記憶が、
まったくありません。
緊張と、担当番組準備の忙しさで、
記憶が飛ぶほど忙しかったのです。
当時は確か金曜日朝の満10スマイルと、
土曜日午前のスタンド・バイ・ユーを担当することになっていて・・・。
6日月曜日から9日木曜日夜までの担当のパーソナリティーが、
優先で番組編集作業をスタジオでやることになっていたので、
僕の編集作業は、
夜中とかだったようにおぼろげな記憶があります。
早見さんも、佐々木さんも、高野さんも必死で、
編集作業をしていました。
※富田さんは5月頃の入社だったと思う。
皆、寝不足と緊張、不安と迫り来る放送本番のプレッシャーで、
目が血走っていたように・・・。
やっぱり、おぼろげながら記憶しています。

皆、第一回目の放送の後は、
ズドォォォォォォーーーーーーーンと落ち込みました。
自分達のふがいなさを、
つくづく感じたのでしたのでした。
放送終了後、
泣いてしまってスタジオから出てこれなかった人もいたくらいです。
※今は皆逞しく(ず太く)なり、何があっても泣いたりはしません。当時はまだ、か弱かったのです。

確か、第1回目の放送の時は、
先輩局であり、
僕達の研修をやってくださったエフエム雪国の局長や、
先輩アナウンサーの皆さんが応援に来てくださり、
放送スタジオの中にいて、
いろいろ助けていただいたり、
終わったあとで、
様々な指導をしてくださいました。
本当にありがたかったです。

かく言う僕も、
後に一回目のスタンド・バイ・ユーの同録CDを聴きましたが、
寒気がするほど気取って喋っていました。
当時僕はFM-Jさんで、
5年半のパーソナリティーとしてのキャリアがありましたが、
それはミキサー操作などはせずに、
ただ話すだけをしていたタレント的パーソナリティーでした。
しかも、アナウンサーでもなかったので、
自分の番組では、
好き勝手にマシンガンのごとく喋っていたのです。
※今の3倍のスピードで喋っていました。
なので、局アナとなり今までみたいな感じでは喋れなくなっていたのです。
結局、この迷いは1年近く続きました・・・。
ここで言う迷いとは・・・。
今までのマシンガントークスタイルと・・・。
アナウンサーとしてアナウンスをしていく・・・。
との折り合いがつかなかったのです。
今だから正直に言いますが、
当時は本当に毎回悩みました。

それを乗り越えるべく、
当時3時間生放送のスタンド・バイ・ユーの同録CDを、
毎回5回(15時間)は聴きました。
喋りの癖・・・間の取り方・・・インタビューの仕方・・・曲出しのタイミング・・・。
同録(同時録音)CDには、
残酷なほど明確に失敗箇所が記録されています。
土曜日に放送が終わって、
夕方帰る車の中・・・。
家ではCDプレイヤー・・・。
休みの日曜日と月曜日も、
家や車の中で、
自分の放送を聴きつづけました。
たぶん、最初の2年間は毎回15時間は聴いていたと思います。
そして、反省し、
自分の喋りや番組の課題を見つけ出し。
数週間かけて直していく・・・。
最初の2年間はその繰り返しでした。
今でも、必ず1回は、
ラジオアシスの自分のトークの部分は聴いて反省し、
次回の放送で克服すべき課題を見つけています。
その課題克服にかかる数週間は、
今でも変わりませんが・・・。

と言うことは・・・。
まだまだ僕が理想とする面白い番組には、
たどり着いていないと言うことなのです。
もっともっと面白い番組を創りたい。
もっともっとトーク力を身につけたい。
聴いた人全員が楽しめる番組。
そんな番組創りを目指して、
佐藤は5年目に入っていきたます。

これからも、佐藤とエフエムとおかまちを、
ヨロシクお願いいたします。

では・・・。


 『恋愛臆病』 - 2010/02/06(Sat)

今年の夏で44歳になる佐藤です。

びっくりしますね。
自分が44歳になるなんて。
とは言え、
僕は歳を重ねることは嫌ではないのです。
子供の頃から、
早く大人になりたいと思っていましたし、
正直、子供の頃には、
イジメなんかにあい、
辛い想い出も多かったから。

ただ…。
歳を重ねるごとに、
難しくなることがあります。
それは…。
誰かを愛したり、
誰かに愛されたりすることです。
ドリカムの曲『もしも雪なら』にもありますが、
大人の方が、恋は難しいのです。
若い時と違い、
傷つくと立ち直りに、
とても長い時間がかかり…。
それに社会的に様々な責任もあるので、
傷つき落ち込んでいる時間もない。
それにも増して、
人生経験が若い頃より豊富なので、
傷つきそうな予感がすると、
傷つく前に恋すること自体を止めて、
自分を守りに入る。
要するに、
大人は恋愛に臆病なんです。
て、言うか…。
今の僕は恋愛に臆病なんだと思います。
若い頃は玉砕覚悟で猛アタック!を繰り返し、
ことごとく玉砕していました(笑)
僕が若い頃は、
『ストーカー』と言う概念はなく。
猛アタックも美徳でした。
武田鉄矢さん、浅野温子さん主演のテレビドラマ
『101回目のプロポーズ』
なんか、当時は純愛ドラマでしたが、
今の時代ではストーカードラマになりかねません。
イイ歳して、ストーカーに間違われても困りますし。
まして、
一応ラジオで喋る身ですから、
変な誤解を与えるようなことは避けたい。
できる限り自分自身を律しておかねばならない。
そんな想いが、
余計に恋愛臆病に拍車をかけます。
それにラジオパーソナリティや、
営業マンとしての仕事は、
リスナーの皆さんが思うほど出逢いはないのです。
いや、まったくない!
と言い切れるほど出逢いはないのです。

恋愛臆病は、
僕がもっとも克服しなければならない病気かもしれません。

そう考えると、
石田純一さんは凄いパワーを持った人だ!

では…。


 『恋愛臆病2』 - 2010/02/07(Sun)

恋愛臆病な佐藤です。

昨日のブログ『恋愛臆病』には、
多くの反響をいただきました。
なんとなく共感してくださる方が多いようでした。

なので続きを書きます。
僕は世の中の人総てに好かれようと思って生きていません。
と言うか、
世の中の人総てに好かれるわけもないのです。
様々な神様ですら、
総ての人類に愛されているわけでもないのですから、
人間である僕が、
総ての人に愛されるわけもないのです。
僕の放送も、
好きな人もいて、
嫌いな人もいる。
それが自然なのだと思います。

そんな人生観を踏まえていただいた上で、
佐藤広樹の恋愛観ですが…。

『たった一人の女性を、一生愛し続けることができたら幸せだろう。』

と思っています。
イイ歳こいてアホみたいな恋愛観です。

まぁ、アホですから仕方ない(笑)

でも、その一人すら見つけることができていない。

最近、気がつけば、
何もかも一人でやっています。
昔は一人で飯を食うのが嫌いでしたが、
今はほとんど一人で飯を食べて、
一人で酒を飲んで、
一人で映画を観て、
一人で買い物をしています。
一人に慣れてしまい、
一人を、さほど淋しく感じないのが…。
いや、むしろ気楽に感じるのが…。
末期的症状のようで、
考えものです。

『たった一人の女性を愛し続ける。』

アホな理想なのかなぁ。
恋人や奥さんがいるのに、
浮気をする男性は、
本当は哀しい人なのかもしれない。

ということは、
石田純一さんは哀しい男なのか!?
いや、今や東尾理子さん一筋なので、
やっぱり凄いパワーを持った人なのかも(笑)

では…。


 『初心忘るべからず』 - 2010/02/10(Wed)

今年は、
エフエムとおかまちの男性スタッフ既婚者が、
子づくり宣言をする中、
未だ独身の佐藤です。

いやはや、
今年の目標を”LOVE”としながら、
早くも今年の12分の1が過ぎました。
今のところ成果ナシです(笑)

さて、今日仕事を終えてから、
南魚沼市六日町に行きました。
某新聞社の記者クラブ仲間に、
ちょっとした資料を届けるためです。
パソコンで某新聞社の支局の場所を確認し、
カーナビに電話番号を入力し検索したら、
支局までのルートが出てきました。
あとは、カーナビに従って運転するだけ、
すぐに辿り着くはずでした…。

辿り着いた住宅街。
どんずまりの行き止まり…。
どこを見ても支局の看板はなく。
付近の方に聞くと引っ越したとのこと。
支局の電話番号に電話するも留守…。
仕方ないので、
引っ越し情報を元に、
支局の引っ越し先を探してみるものの…。
車からは支局は発見できず。
仕方なく、六日町駅近くの駐車場に車を止めて、
徒歩で捜索開始。
駅前商店街を歩き国道との交差点。
エフエム雪国さんの前を通り過ぎると、
犬を散歩している女性に出会いました。
道を尋ねると、
その女性が支局の場所を知っていました。
橋の手前を右折し、
仲町の通りに入りました。

『おー!!懐かしい!!』

仲町の通りの商店街は、
僕達エフエムとおかまちのメンバーが、
4年半前の開局前の研修で、
初めて生中継を、
エフエム雪国さんの放送でやった場所でした。
エフエム雪国さんの先輩アナの滝沢アナに、
指導を受けながら、
ほんの3分間ほど生中継を入れたのです。

『あっ!あの日に中継したのはこの店だ!』

と、3軒の中継させていただいたお店が目に入り、
当時を思い出しました。

たった3分間の中継。
初めての生中継でのリポートだったので、
死ぬほど緊張したのでした。

そうこうしているうちに某新聞社の支局を発見。
無事に資料を届けることができたのでした。

それにしても、
研修当時を思い出し、
初心忘るべからず!
とあらためて初心にかえることができました。

では…。


 『ほんのちょっと成長』 - 2010/02/13(Sat)

今週は本当に疲れ果てた佐藤です。

マジで疲れました。
ラジオアシス放送後、
仕事をやって家に帰ってから、
少しグタァ〜としていました。
体力的にも、肉体的にもキツイ一週間でした。

さて、そんな中でも、
ちょっとだけ良かったこともあったのです。
ラジオパーソナリティをやっていて、
自分が成長していると、
実感できることは少ないです。
僕は自分の番組の同録を必ず聴きますが、
毎回反省が多い。
と言うか、自分でダメ出しを毎回し、
必ず直す箇所を見つけ、
課題を克服するために、
次の放送に臨む。
日々、その繰り返し。

『もっと面白い番組を…。』

その想いでマイクの前に座るのです。
でも、自分が成長していると実感できることはない。
今週は、ほんのちょっとだけ成長したかな!?
と思えることがありました。
僕の目標は…。

『ピンチの時に笑える人になる』

ですが…。これがなかなか難しい。
難しい…。と言うより、無理!
ピンチになると眉間にシワがより、
声が大きくなり、
誰かを非難したりします。
でも、今週は様々なことがありましたが、
2回ほどあった最大のピンチの時に、
笑って乗り越えることができたのです。
笑うことで気持ちが楽になり、
落ち着いて放送することができました。
たまたまスタジオ前で、
その様子を見ていてくださったリスナーさんから、
ラジオアシスにお誉めのメッセージをいただきました。
そのメッセージを読んで、
初めて自分が、
そのピンチをちゃんと乗り切っていたことを知りました。
そして、
ほんのちょっと成長できたように思いました。

あぁ、でも本当に疲れました。
少し眠ります。

では…。


 『名前』 - 2010/02/17(Wed)

佐藤広樹
僕の名前です。
この名前は、
このブログを読んでいる人なら知っているでしょう。
でも実は、
佐藤弘樹になるはずだったのです。
親父が役場で間違えたらしく。
弘樹が広樹になったらしい。
佐藤弘樹さんと言えば、
昨日、高円寺駅でホームから転落した女性を救った男性です。
字は違いますが、
『さとうひろき』
なので、同姓同名です。
佐藤広樹さんだと、
BCリーグの野球選手がいます。

さて、名前ですが、
僕は本名です。
こういう仕事なので、
何年かに一度は、
僕の名前を利用しようと言う悪いヤツがいます。
二年前にあったのが、
僕の名前を語り、
電話で僕の同級生の住所を聞き出そうとした人がいました。
でも、残念ながら僕の声は十日町市の多くの人が、
一度は耳にしたことのある声なのです。
僕の名前や顔は知らなくても声は知っている。
しかも、かなり特徴のある声なので、
基本的にマネはできない。
だからすぐ偽物だとバレるのです。
だから僕を語る悪いヤツは、
すぐバレるのでやめたほうが良いですよ。
そして今日、
本当に失礼で不愉快な出来事がありました。
福井県のiと名乗る人物が、
僕の許可なく僕の名前を出して、
某公共機関に電話をし、
自分のCDを売り込もうとしました。
その上、僕のところにそのCDを4枚も送ってきて、
某公共機関2ヶ所に届けてくれ。と言ってきたのです。
これは明らかに僕や、
エフエムとおかまちの信用を利用して、
自分のCDを売り込もうとしているとしか思えない。
だって普通会ったこのない僕に送るより、
直接某公共機関に送るでしょう!?
もしそうでなかったとしたら、
余計失礼な話しです。
さっそく福井県のiと名乗る人物に電話で抗議をしましたが、
あまりに言い分が身勝手で呆れましたし、
あまりに非常識でビックリしました。
勝手に名前を使われた挙げ句。
どうして僕が知らない人のCDを、
某公共機関に運ばなければならないのか?
名前を勝手に使われるのも嫌ですが、
僕やエフエムとおかまちの信用を利用されるのも嫌です。
福井県のiと名乗る人物には、
CDは自分で某公共機関に送るように話し送り返しました。
そして何より失礼なのは、
エフエムとおかまちのホームページから、
僕のプロフィールを印刷し、
そこに何やら文章が書いてある…。
本当に失礼な話しです。



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